復習編「レジリエンスの諸相(18)」第4回
レジリエンスの諸相(18)第4回「人類進化とヒトのレジリエンス」の復習キロクです。
放送授業では、国立科学博物館での講義です。
こういう博物館って、中学生時代に行ったきりかもしれません。懐かしいなぁ~(^o^)
復元された模型などを見ると、よりイメージが湧いてくるね~
百聞は一見にしかずだね!
人類の進化は5段階
人類の進化は5段階に分かれています。
新人でも10万年前からなんですね~(*_*)
万年単位となると、どれだけ昔なのか、はたまた最近なのか?なんだか時間の感覚がよくわからなくなってきます笑
チワワも進化の過程があったのかな?
新人チワワでございます!
進化の内容
進化の段階はわかったけど、今の私達の特徴を示すような進化(変化)とは、具体的にどういうものだったのでしょうか?
主に4つの特徴の発達がありました。
なかでも直立二足歩行はかなりのブレイクスルーだったのではないでしょうか?
直立二足歩行の一番のメリットとして、大きく2つあります。
①食物や子供、物などを運搬し分配する
②分配によって人との社会的な関係性を築いていった
仮にヒトが直立二足歩行へと進化していなかったら、運搬や分配が行われず共感能力も発達しないままで、今の社会とはだいぶ違ったものになっていたのかもしれませんね。
全ては虚構かもしれない
新人の時代には、首飾りや呪術的な意味合いを感じられる像などが見つかっており、精神世界の広がりがこの頃からでてきたことが感じられます。
そして虚構を認知する能力を共有することで集団のまとまりができ、他人ともコミュニケーションすることが可能になったそうです。
個人的に、「虚構を認知する能力」という箇所に強く惹かれました。
【もしかしたら、この世という仕組みの大部分が虚構(フィクション、作り物)にすぎないのでは?】と思うときがあります。
もともとは、ルールや法律・組織などな~んにもなかったゼロのところから、人類が社会的な生活を営みやすいように、長い年月をかけて様々な仕組みを作り上げていったわけですよね。
私達は作られた仕組みの中で当然のように日々の生活をしているわけですが、根源的にそれが正しいとか悪いとか深く考えることなく、考える基準すらもたずに生きていることが多いと思います。
仕組みについて特に意識せずに暮らせているということは、それだけ平和な日々を過ごせている証拠かも?
生まれたときから存在していたルールなので疑問すら持たずに過ごしてきたわけですが。
世の中の仕組みや法律、ルールetc、、本当のところはそれでいいのかな?と改めて考え始めると、判断がつかないことも多かったり(・・;)
国によっても法律や文化が違うように、絶対的なものなんてないのかもしれません。
虚構を生かし、変えていけたら
もちろん、多くの人にとってより良い社会生活&合理性を追求し、試行錯誤を経た上で今の世の中があるのだと思います。
でも、現状のルールは
- 一人ひとりの個人に適しているか?
- 一個人としての幸せに繋がっているか?
ということを考えた時に、当てはまらない部分も出てきてしまいます。
とはいえ、生きていくうえではルールや仕組みに助けられていることも大きく、ルールによって社会は円滑に動くなど、メリットがあるのも事実です。
そして、仕組みやルールが<作り上げられたもの=虚構>であるなら、より良く作り変えることも可能なはず。
この世界が虚構であるからこそ、そこには大きな可能性があるのかも、、?そんなことを考えてしまいました。
せっかく生まれたからには、「虚構の楽しさを最大限利用させてもらうぞ~!」という心意気でエンジョイしようと思いますw
法治国家に生まれた以上、法律は守らないとネ!
その法律で決められた範囲の中で、できる限り自由を享受して楽しめたらいいよね!
自分の幸せを作る
なんだか大きな話になってきてしまいましたが、私個人でできることといえば、自分と周りの人の幸せに繋がるように日々を過ごすことぐらい。
カステラ美味しい~!
とか
裏技で合格が確認できたよー!
とか
ツムツムイベントクリアしたよー!
とか笑
↑
※わたし個人のささやかな幸せの一例です笑
どうせ虚構なら、なるべく楽しいものを作りたいし、味わいたい♪です
放送大学で学んでいる内容にしても、100%絶対不変である永遠の真理!というわけではなく、現時点までに判明したり解釈できることの一部にすぎないと思います。
あくまでも現在までの到達地点、というところでしょうか。
過去の歴史にしても、まだまだ未知のことだらけですし、今後も新たな発見があるでしょう。
ちなみに、邪馬台国の場所も未だに決着がついてないそうな。
歴史って知れば知るほど奥が深いネ!
- 最新の知見を学び続ける楽しみ
- 学ぶことで新たなヒラメキや発見に出会える
- 最新の研究により答えや解釈が変わる可能性が常にある
それが学ぶことの醍醐味なのかもしれませんネ(^.^)
学問って、そうやって常に新しい変化を恐れず、進化していくからこそ尽きることがなくて面白いんですよね。
この世界が仮に虚構(IKKOさん風に言えばまぼろし~?w)だったとしても、家族や愛犬との絆は私の中で100%の真実だと、確信しています(^o^)
そして放送大学で学んで得た単位数もまぼろし~!?じゃないし、修得した125単位だけは何があってもガッチリ掴んで離しません!笑
単位をぎゅっと抱きしめたくなるね~w
修得した単位は、放送大学と私の強い絆なんだよ~☆
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